海のほとんどが姿を消し、巨大な大陸で人々は生きていた。
水を求めて戦の耐えない国々。破壊された文明。過去の遺物の残骸から武器を取り命を散らす兵士たち。
世界地図もなく、鳥という言葉さえろくに知らない人々。緩やかに死んでいく大地。

わずかな海面に接した国で、レンツ・ヴァイルは生を受けた。
聾唖の男は孤独を抱えつつも、ささやかな人生に喜びを見出して三十ほどの春を見送っていた。
長い戦争も休戦となって久しく、平穏を手に入れられるかと安堵していた日々はやがて崩れ去る。
それは、突然の白昼夢から始まった。

キリル信教。神の奇跡。再戦の噂。悪魔狩り。
聞きなれない言葉はいつの間にか当然のように人々の心へ居座り、平穏をじわじわと溶かしていく。
何のとりえもない男、レンツは、自分がいかに非力であるかを知っていた。
だから彼は見る。見続ける。悪魔の奇跡を借りた目で。
それだけが彼のいていい理由だった。







−概要−

この小説は、異世界ファンタジー長編です。
主に輪廻転生、宗教、戦争、悪魔狩りなどを中心としています。
本編内に出てくるキリル信教はキリスト教を軸としていますが、仏教思想や神道などの思想も混ざりこんでいます。
四章ごろから頻繁に暴力表現やグロテスクな描写を含むようになります。
恋愛や派手なアクション(魔法など)はほぼありません。

拙い作品ですが、お楽しみいただけたら幸いです。







−世界観−

かつては近代文明により栄えていたが、ある軍事研究が原因となり文明のほぼ全てと多くの動植物が消え去った。
長い年月を経て民族は多種多様に入り混じり、一部の民族を除いて人種がほぼ同一化されている。
天変地異や食糧不足、異常気象などに耐え生き延びた結果、なんとか気候や災害は収まった。
水がどこかへと消え去り、海が陸へと姿を変えたときには、その現象を理解できる者はいなくなっていた。
世界を把握できる者も消え、飛行機や高速で走る自動車なども失われたため世界地図は存在しない。
人々は自国と隣国程度の把握しかできていない。

人口が減ったこと、陸面積が増えたことにより、一部の動物(家畜など)は変わらず生存し続けている。
しかし国によって認知できている動物は異なり、国によっては鶏は存在するが牛はいない、あるいは稀少であるなどの違いがある。
食用鳥はすべて飛ぶための翼を持たず、それ以外の鳥類はすべて絶滅した。
爬虫類・両生類など、哺乳類以外の動物もそのほとんどが姿を消している。海が減ったため魚類も当然減少している。
土地は広いが栄養源である動物が少ないため、土はだいたい痩せている。
内陸部に行けば行くほど貧困や飢餓が増える。中心地には虫も草も生えていない。

また、人種が入り乱れる中で内陸中心部の貧困地域には亜人間と呼ばれる人種も存在する。
外見は多種多様だが、大多数が何らかの(既に絶滅した)動物を模したような特徴を有する。
内陸部にしか存在を知られていない人種だが、外見の理由・外見に即した動物の特性を一部持った彼らは普通の人間から迫害されている。
亜人間がどこから発生したのかはもう語られていない。



−レンツの暮らす国−

東と南は海、西は山と砂漠に挟まれたほぼ円状の国。国土はやや広く、南北両端は日本の北海道や沖縄と同じ気候。
首都を国土の中心に置いた宗教国家であり、国王こそ神の子であるというキリル信教を統一宗教とする。
領海を持つことから隣国によく狙われている。隣国は二つあり、北の国も海を持っているためあまり戦争することはない。
対して西に接する砂漠の国とは長く戦争を繰り返してきた。よって軍事も発達しており、国境寄りの中央西部には軍都も置かれている。
軍と政府(教会)は密接な関係を持っているが、仲はあまり良くない。

文明の利器はほとんど絶えてしまったが、軍は兵器の大部分を遺物、すなわち瓦礫から得た銃などに頼っている。
古くから使われ続けていたため手入れの方法や銃弾の製造はわかっているが、銃器そのものを作り出す方法は判明していない。
そのためどの銃器もすべてかなりの年代物であり、暴発で命を落とす兵士も少なくない。
一般兵は主に単純な爆弾、炎、剣などを使用する。飛距離を持つ爆弾兵器も一応ある。
現在では卓越しすぎた兵士が登場したせいで軍隊全体のやる気や能力が著しく下がっている。

その他、永久動作の衛星による電話機も残っている。ただしとても稀少なためほとんどは軍部が有し、あとは王族にまつわる上位の者しか扱えない。
もちろん電話がなぜ動作するのかは国民はわかっていない。
交通機関も徒歩、馬車が主流。本はほとんどが文明時代の遺物である。
新聞などの媒体も中心地以外は皆無であり、政治にまつわる情報はもっぱら教会従事者や噂話によって一般大衆へ伝わっていく。
紙は一応どこにで存在するが、印刷技術は拙い。

国の南西部に位置する山脈には先住民がおり、すでに支配下ではあるがこちらとも小競り合いが絶えない。
先住民は一つの民族の血を守り続けている数少ない人種であり、平和を好むがキリル信教と相反するため武器を手にとっている。
その度に先住民の地区と人口は狭まっている。

鶏、豚、ごくわずかだが牛も存在し、海に面しているため魚類も豊富。 ただし家畜は国によって徹底的に管理されているため、肉がかつてどのような姿をしていたのかを知るものは少ない。
一般に流通するのはもっぱら干されたものが多く、生の肉類は非常に高価。魚介類も漁村付近以外はほぼない。







−キャラクター紹介−


レンツ・ヴァイル

年齢:32歳
身長:169cm
体重:55kg(自称)

主人公。屋根裏の一員。夜警担当。
幼少期に爆撃に遭い、聴力を失う。かわりに視力が異常なまでに発達している。
親類はすべて戦禍により死亡。身寄りがなくなったところを屋根裏に引き取られ、住居を転々としながらも共同体と生活を共にしてきた。
コミュニケーションを嫌がり、自分から話しかけることはめったにない。非常に内向的な性格。
屋根裏の大多数の人間にも遠慮しているが、それでも屋根裏のことを愛し、ここで生活することに満足している。
友達が少ないことを気にしている。自分の内向的な性格も気に病んでいる。
慎ましやかに暮らしていたが、ある夢を境に非日常へと進んでいく。

好きなものは友達、風景、夜の空気、平穏。
嫌いなものは叱責、嫌悪、味の濃いもの、自分の容姿。特に髪の毛。
見知らぬ人や激しい感情が苦手。視力以外の取り柄はない。


グエン・ヨウニ

年齢:30歳
身長:175cm
体重:68kg

屋根裏の一員。元敵国の兵士。肉体労働担当。
十年前に重傷を負って川に流されたところをレンツに発見され、そのまま屋根裏に居座っている。
強面だが子供好きで、よく相手をして遊んでいる。思慮深くもあり、控えめが過ぎるレンツともうまく付き合っている。
計算高いと自分では思っているが情に厚く、一度信頼したものは絶対に裏切らない信条を持つ。
またわりと直情的。手は出ないが嫌味は言う。レンツやドナなど自分の気に入った者を除いて、屋根裏の人間にはあまり好かれていない。
自分自身を裏切った過去のある事件を恥じており、暗い思いを胸に秘めている。

好きなものは空、子供、砂漠。
嫌いなものは卑怯者、兵士、水、恐れ。
毎日のトレーニングは欠かさない。


アリアナ・マジソン

年齢:16歳
身長:197cm
体重:秘密

屋根裏の一員。家事担当。
戦禍に遭い家の中で隠れていたところをレンツに発見された。両親は死亡。以降は屋根裏に身を寄せている。
幼少期は内気で感情の起伏も激しく不安定だったが、現在は他人を気遣う優しい女の子として施設の者には慕われている。
本人は特にレンツを家族以上に慕っており、何かと暇を見つけては一緒にいることが多い。
自分の身長を気にしているため、身長の話を出されると拗ねる。特に姉を引き合いに出すとなかなか機嫌が直らない。
他人の痛みには気付くが自分のことに関しては疎い。新たな来訪者に不安を抱いている。

好きなものは家族、アビィ、レンツ、家事、かわいいもの。
嫌いなものは軍隊、戦争。
家事全般を広くこなす。恋愛の噂話が大好き。


アビィ・マジソン

年齢:17歳
身長:145cm
体重:だいたい40kg

屋根裏の一員。子供の世話担当。アリアナの姉。
幼少期、アリアナとともに救出された。天真爛漫とした性格で、思ったことをすぐ口に出す。
芯が強いというよりは天然に近い。他人を腹立たせてしまっても自身には悪意がないため、相手には「まあ仕方ないか」と許されてしまう場合がほとんど。
子供により近いということで子供の世話全般を任されている。実際にはただ遊んでいる。
密かに妹の不安定さを心配しているが、報われることはない。

好きなものは自分(の外見)、かわいいもの、アリアナ、甘いもの。
嫌いなものは義務、戦争。
家事は自発的にやらない限り絶対にしない。


ドナ・エメット

年齢:45歳
身長:163cm
体重:秘密

屋根裏の一員。料理担当。屋根裏の古株。
屋根裏での母親的存在であり、発言力や行動力など実質のリーダーに近い。
昔かたぎの情け深い性格。世話を焼かずにはいられないお人好しでもあるが、締めるところは締める。
伴侶も子供もいないが、かわりに屋根裏の面々を家族とみなし深く愛している。
できの悪い子供ほどかわいいようで、特にレンツのことを本人が申し訳なく思うほど気にかけている。
厨房が城。体重が生涯の悩み。

好きなものは味の濃いもの、料理、家族。
嫌いなものは権力主義者、言い訳、教会。
深く根ざした屋根裏の問題に頭を悩ませている。


屋根裏

総勢三十名あまりからなる移動式コミュニティ。戦争により家族や住居をなくした者により構成されている。
休戦前は住居を転々としていたが、現在は南南東の田舎町デントバリーに腰を落ち着かせている。
屋根裏の面々からは単に施設と呼ばれる。
施設の運営に従事する者以外は基本的に普通の仕事をして日々の暮らしを凌いでいる。
作中では先の登場人物程度しか出てこないが、大多数の者は見知らぬ者に対して排他的。
リーダーは存在しないが実質ドナが施設を切り盛りしているため、彼女の発言力が一番重い。
来る者は拒まないが、問題があった場合は一応話し合いで決める。


キャスリーン・ドルフィ

年齢:24歳
身長:173cm
体重:63kg

キリル信教の伝教者。
あてのない伝教の旅をしていたが、教会から命を受けデントバリーへ訪れる。
およそ聖職者らしからぬ外見から、さまざまなトラブルを引き起こしているトラブルメーカー。
感情の制御がうまくできず、一度カッとなると発散しきるまで止まらない。口より先に手が出る。
集中力や忍耐力も皆無で単純な拭き掃除さえできない。自分の欠点を深く気に病んでいる。
名前と童顔もかなりのコンプレックスを抱いており、そのことをからかうと確実にキレる。
平常時はそれなりに他人の機微にも敏く、曲がったことが嫌いな正義感も併せ持つ。

好きなものはピアス、師の教え、公園。
嫌いなものは家族、悪口、軽い奴。
女性が苦手。ドナやレンツのことも苦手だが、嫌いというわけではない。


マギー・ヘイズ

年齢:24歳
身長:168cm
体重:45kg

キリル信教の伝教者。キャスリーンの幼馴染。
両親はスラムでパン屋を営んでいたが、教会に入るという幼馴染を追いかけて伝教者となる。
喋ることのほとんどが軽口や冗談。真面目な時もあるが、あまり頭がよくないためすぐ元の調子に戻る。
人の良心を深く信じ、自分とキャスリーンの師によってもたらされた教えを篤く慕っている。
唯一キャスリーンの扱い方を知っている。彼の短気を改善するのが自分の使命だと思っている。
幼少期から飢えに慣れたせいか、一人前の半分ほどの食事しかとることができない。

好きなものは人、師、キャスリーン、パン。
嫌いなものは戦争、悪、人殺し。
世渡りが上手い。


レオン・サンディオ

年齢:26歳
身長:187cm
体重:85kg

中央教会護衛団副団長。
元は軍都に所属するエリートだったが、その腕と社交力を買われ護衛団に派遣された。
確実に権力のある者には従順だが、それ以外には慇懃無礼。下の者への信望は厚い。
誰に愛想を振りまくべきかを常に考え、できるだけ楽をしてほどほどに生きようが信条。
アルバートとは旧知の仲。彼のせいで信条に反して何かとトラブルに巻き込まれている。
母親が過保護だったり同僚が使えなかったり何度も死に掛けたりと苦労性。

好きなものは余暇、休暇、煙草。
嫌いなものは政治、宗教、仕事、面倒事。


ルイス・パーネット


年齢:19歳
身長:181cm
体重:75kg

ある事件が起きたのち、施設「屋根裏」の警護を担当することになった兵士。
物腰は柔らかく人当たりがいい。レンツ曰く「兵士に向かない人間」。
名家の出身のようだが人種・職業などに偏見がなく、気になったことに対しては積極的に首を突っ込む。
おせっかいを焼きすぎるところはあるものの、人当たりがいいせいか疎まれることは少ない。
容姿端麗。兵士としての腕のほどは不明。
レオンとは家つながりの仲。

好きなものは手料理。
嫌いなものは血、干し肉、嘘をつく人、悪人。
暑いのが苦手。平凡な家族に憧れている。


アルバート・セルバシュタイン

軍都セルバスを治めるセルバシュタイン家の次期領主。
両親とも幼くして死亡。祖父の英才教育により三歳で初出陣という異常な経歴を持つ。
重火器を持たず刀剣のみで戦い、その通り道には死体が積まれると噂される。事実もこれにほぼ即している。
幼少期には神童・勝利の天使などと呼ばれ、現在も軍神・英雄として崇められている。対する敵国には死神・悪魔と恐れられる。
性格にはかなりの難があり、命令には確実に従わない、勝手に戦線離脱する、命令以外の戦地へ向かうなど、実際には軍部が頭を痛めている超問題児でもある。
ただし戦績と元々の地位もあるため軍部もこれを黙認している。所属は無し。階級は明確にはされていないが大将とほぼ同等。
軍都や中心区では有名だが、新聞すらない辺境地ではその姿を知る者はあまりいない。


リズ・ホーナー


年齢:不詳
身長:不詳
体重:不詳

レンツの夢に度々登場し、アルバートの前に不定形の存在として姿を現した自称神父。
故人と思われるがキリル信教において着用される神父服は着ておらず、いつの時代に生きいつ死んだのかは不明。
神の使いを名乗っている。


キリル・コースチン二十一世

年齢:32歳

国王。キリル信教が信じる神の血を受け継いだ神子とされる。
前国王が病に臥して後、28歳にして国王となった。
古くから続くしきたりに従い、日常のほとんど全てを地下の祭壇での祈りに捧げる。
そのしきたりを逆手にとられ、またその若さを理由に、野心ある臣下に実権を奪われ傀儡を演じていた。
ある日歴代の国王が誰も行わなかった異例の予言を告げ、現在は自分を操っていた臣下をはじめとした教会の者たちを戸惑わせている。






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