レンツがキャスリーンとの会話を終え、夜も半ばにして自室へ戻った頃。深夜と早朝の間、夜の闇が最も深い午前三時を回った時のことだ。
地方都市であるガウェナからデントバリーへ入る関所では、兵士たちが興奮気味に話し合っていた。

「本当に来るのか? 来るんだよな?」
今夜の見張りは総勢で四人。好まれざる来訪者さえ来る理由のない田舎では、この人数でも多すぎるほどだ。
事実、現在はガウェナ側の門に一人立っているだけで、あとの三人は安物の酒をあおりながら世間話に興じていた。
「こんな田舎に何の用があるってんだろなあ。ダウト」
坊主と言ってもいいほど頭を刈り込んだ兵士は自分の手札を確認した。前の兵士が出した数字が四つ、几帳面に並んでいる。
嘘を言い当てられた兵士はうんざりと積まれたカードを回収した。
「だからそれやめろよ。終わらないだろうが」
「俺が終わるまでやる。で、実際何の用か知ってるか? 七」
「……八」
「俺らの階級を忘れちゃいないか? 下っ端も下っ端、あっちは大将とほぼ同等だぞ。知るかよ。九」
「予測でいいんだよ予測で。なんかあるだろ、こう、たとえば敵の兵士が潜んでるとか。十」
「……十一」
「こんな田舎に? 潜んでる奴はバカだな。十二」
実際に一人紛れ込んでいるとは露知らず、兵士は自分のせりふに笑いをもらした。
クイーンを出す彼の手の甲には刺青が彫ってある。教会のクロスマーク。同僚にはめられているこの兵士は真に敬虔な信者のようだった。
「確か朝には来るんだったよな。十三」
「俺、実はファンなんだよ。ていうか初めて生で見るし、やばい緊張してきたかも。一」
「お前じゃねえよ」
「あ、悪い」
「……」
寡黙にカードを出し続ける兵士は無言で次のカードを出した。
「あーサインもらおうかな。で、そろそろやめないかこれ。酒の席でするゲームではないだろ」
「サインもらってどうすんだよ。家宝としてあのきったねえ寮に飾るってか? 早く出せよ」
「だってあの英雄だぜ? しかも権力をかさにしない一匹狼ときた。あこがれない男はカマ野郎だ」
刺青の兵士はやや興奮気味に力説した。カードが出される気配はない。
「じゃあお前はイモ野郎だな。顔の形なんかまさにそれだ。おい三出せよ、三」
「憧れの気持ちがお前にはないのか?」
「ない。すごいとは思うがね。英雄っつったって人間だぞ。俺らと同じで屁もこくし飲みすぎれば吐くだろうよ。案外ここへ来るのも慰安旅行かもな」
刺青の兵士がカードを机に放り出してしまったので、坊主の兵士は仕方なくカードを回収した。酒の席で使われ続けたカードは角が朽ち、べたべたになってしまっていた。
机の上でくっつき合ったカードを混ぜる坊主の兵士に、刺青はそうかもなあと頷いた。
「何しろ単独で死線をくぐり続けてるわけだし、見た感じはけっこう繊細そうな顔してるよな。繊細そうっていうかもう彫刻並の」
「気持ち悪いなお前」
ささやかな口喧嘩を始めた二人。寡黙な兵士はやはり黙ってそれを眺めていたが、おもむろに立ち上がって、
「……そろそろ出ておいてもいいんじゃないか」
そう提案した。
確かに上官を迎えるにあたり、たった四人の兵士さえ出迎えに行かないとあっては普通なら体罰もの以上の失礼にあたる。
刺青は目を輝かせ、坊主は明らかに面倒そうに、寡黙な兵士はやはり無感情を崩さないまま、門へ降りてみることにした。

今まで立っていたのは、四人の中で一番若く、そして一番とろくさい兵士だ。元々ここの門番は皆落ちこぼれなので大差はない。
だからこそ若さや面構えが、四人の立ち位置を決める。四人目の兵士は若いうえに童顔で、虫も殺せないような小心者だった。
童顔の兵士は定位置、すなわちガウェナ側の門の外側中央にはいなかった。
「あのバカ、どこ行ったんだ?」
坊主の兵士が舌打ちした。害虫でも出たのだろうか。だが小心者ゆえに、彼にとっての一大事が起きたなら真っ先に三人のいる場所を目指すはずだ。
あの男には一人で逃げることができるほどの勇気は持ち合わせていない。どうして兵士になったのやら、と考えつつあたりを見回す。
だが見回す前に童顔の兵士は発見できた。定位置にいなかっただけで、門の片隅に最初から立っていたのだ。
灯りがあるとはいえ、暗い緑をした軍服が闇に溶け込んでしまっているのも要因だっただろう。
では。
なぜ童顔の兵士は、見張りもできないような片隅に立っているのか。
「おい、何してんだお前」
坊主の兵士は暗がりの人影に声をかけた。返事はない。童顔の兵士はただ立ち続けていた。
――何かが違う。坊主の兵士の脳裏に異常事態の文字が走る。
あの小心者が、先輩を無視することなどありえないはずだった。理由としてはただそれだけのことだが、自ら疑念を打ち払おうとする坊主の首筋につめたい汗がにじむ。
何かが違う。だが、何かとは、何だ?
「ちょっとさあ、新米クン? 先輩の言うことシカトしちゃっていいのかなあー」
刺青の兵士には何も感じないようで、いつまで経っても「新米」とからかわれる童顔の兵士へ歩を進めていっている。
残された二人はその場を動かなかった。坊主の兵士は暗闇に目を凝らし、異状の有無がないか探っていた。
刺青の兵士の歩が進む。
わずかに点された灯りの影にたたずむ童顔の兵士。暗くてよくは見えないが、うなだれているようにも見える。顔にも深い影が落ち、そして足許からもそれは広く、――

――広すぎる。






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