昨日までぼくの彼女だといわれていた女は、今日の夜になって突然電話をかけてきた。これまでに女から電話をかけてくることなんてほぼ無いに等しく、特にここ半年ほどはぼくさえも電話をしない有様だったのであまりにも唐突だった。
ぼくは電話に出る。それは午前二時もまわったころだ。
「もしもし」
「もしもし、ハルくん。そろそろけじめをつけようと思うんだけど」
けじめ? 何のけじめだ。
ぼくは予測も確信もあったがあえてその疑問を選択した。
「けじめって?」
彼女は沈黙を置く。それは声を発することへのためらいなのか、それとも愚鈍なぼくの返答にあきれているのかはわからない。ややあった後に、
「別れましょう」
彼女はそれだけ言った。
ぼくもまた、うんそうだね、とだけ言って電話を切った。
真っ暗な部屋の中で携帯の液晶がやけに目に痛い。ぼくはあらためて思った。けじめって何だ?
あまりにも身勝手なせりふではないか。これまでのぼくの行い、ひいてはあの女と恋人同士という関係になった瞬間から現在までの過程はすべて、何もかも、堕落にすぎないということだ。
ただしそれはぼくは否定しない。現にぼくは怠惰の塊でもって女に接していた。ぼくは最初からこのような関係を望んでおらず、恋人などただの足かせにすぎなかった。
なぜ女と付き合い始めたか? それは今となってはぼくにもわからない。
そこが問題ではなく、少なくともあちらはぼくの考えとは反して望んでぼくとの関係を求めたはずだ。それにもかかわらず、女はこれまでの自分までをも否定した。
本人はそのことに気付いているのだろうか。
さっきも述べたとおり、ぼくは他人のことにまで目をむけていられるような余裕はない。ぼくは目の前のことで精いっぱいなのだ。
真っ暗な部屋の中で、書類上ぼくしか存在しないはずの部屋の中で、ずるずる、と妙な音がちいさく響いている。
「いい加減に食べるのをやめろよ」
ぼくの声は自分の骨振動で聞いても、ひどくうんざりとしていた。
音が止む。その次の瞬間には凄まじい勢いで首を掴まれ、ぼくの体が後ろの方へ押し倒された。後方がちょうどベッドだったのは不幸中の幸いだっただろうか……いや、ベッドは水分をじっとりと含んでいてひどく不快だった。
冷たくて水っぽい手がぼくの両側の動脈と喉仏を一緒くたに掴み、ゆるゆると絞め上げていくのがわかる。
なぜすぐにも力をこめないのか? ぼくはそこでもわかりきった問いを用意する。
「だから、絞めたいなら絞めればいいじゃないか。やれよ、やれってば」
ぼくが煽り、不快な手はぶるぶると震えだした。
「できないんだろ? わかっててなんで繰り返すんだか」
起き上がろうとするぼくに抵抗したかったのか、また体重をかけてぼくの体をベッドに沈めてきた。抵抗する間もなく、醜く肥り汗と水を滴らせるぼくはぼくの唇を猛烈に奪う。
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