小さな田舎町には似合わない、大きく荘厳な建造物を前にして、キャスは呆れたようにため息をついた。
――悪趣味だ。
どこへ行ってもこの、やたらと大きくてやたらと神聖さをアピールしてくる教会が、キャスはどうしても好きになれない。
重たい造りは牢獄のようで、中に入ると閉塞感に息が詰まりそうになる。
「何をしている。早く来い」
偉そうな使いに促されなくともわかっている。入りたくはないが、入らなければならない。
できるだけのろのろと歩みを進める。
「一体、何の話なんだろうな」
そこへマギーが耳打ちしてきた。
キャスは話に応じる素振りもなく、ただしかめっ面をして歩いている。
単に「わからない」と答えたくないわけではない。緊急の召集がかかった時点で、彼の不機嫌は決定されてしまったのだ。
彼の頭の中は、出掛けに小耳に挟んだ殺人鬼潜伏の噂でも、教会の使命のことでもなく、昨夜のことで埋まっていた。

自分でも、なぜあの男を傷つけてしまうような発言をしてしまったのかわからなかった。
ただ、謝ろうとしただけだったのだ。確かに嫌な場面は何度も目撃したが、自分が部外者であることも弁えていたはずだった。
だから自分はせめてあの男と意思の疎通を図ってみよう、その程度の気持ちだったというのに。
そもそもキャスは、あのレンツとかいう男がどうしてあそこまで傷ついたのかさえ深くは理解していないのだが、
それでも自らの軽率な言動を深く恥じ、朝一番にでも謝ろうと考えていた。
だが、その決意を妨害されてしまったのだから、彼の機嫌が良くなろうはずもない。

そうやって苛立ちと後悔と怒りに悩んでいるキャスに叱責の声が飛んだ。
「何をしているのかね」
苛立ち混じりの低い声。すでに教会の中に入っていたらしい。それどころか礼拝堂を抜け、別室にまで進んでいる。
目の前には神父が二人、兵士が一人立っている。両脇では使いに来た男とマギーが深く礼をしていた。
状況の把握をしている間に頭を掴まれ、無理やり頭を下げさせられた。マギーが小声で「何やってんだバカ」とキャスを責める。
「ただいま参りました。遅れまして申し訳ありません」
マギーがとってつけたような敬語で目の前の神父に詫びた。
神父は明らかに苛立っていた。ここへ着いた時にも挨拶はしたが、いかにも神経質そうであまり良く思わなかったのをキャスは思い出す。
彼はあの時よりもっと神経質さを増しているようだった。それは彼らに関係があるのだろうか、と神父の背後に立つ人物を観察した。
一人は確か、ガウェナを担当する老齢の神父だ。厳格そうな顔立ちで、こちらもキャスのあまり得意なタイプではない。
もう一人は自分と同世代の兵士だった。金髪碧眼の男前だが、兵士らしい油断のない面構えだ。
その兵士はキャスたち二人を物珍しげな目で観察している。
いけ好かない奴だ、そう思った。それ以前に、なぜ軍人が教会などにいるのか。
「出る気がないのなら出なくてもよかったのだ。そのほうが楽に話を進められる」
神父がとげとげしい声で愚痴をこぼす。ならば出なければよかったと、キャスは内心で毒づいた。
「だいたい何だその痣は。ゴロツキどもとじゃれあっているべき身分かね? そもそも聖職者としてあるまじき――」
キャスの左目を見て、神父は吐き捨てるように彼を責める。
痣のことはともかく、キャスは外見のことまでも詰られ早くも怒りが沸々とわきあがるのを感じた。
自らの外見が聖職者にふさわしくないのは重々承知だ。わざとそのような格好をしているのもわかっている。
それでも怒りに拳を握り締めた。
「まあまあ。そういう話はまたの機会にお願いしますよ」
そう諌めるのはあの軍人だ。デントバリー神父は軍人の方を振り返り、不承不承に口を閉じた。
キャスも納得がいかない様子だったが、ひとまずは引き下がることにした。
「本題に入る前に、まずは簡単に自己紹介でもしましょうかね。私は中央教会護衛団副団長のレオン・サンディオです」
気軽にレオンとでも呼んでください、と一礼する軍人。
中央教会は、キャスたち二人が見習いとして入っていた馴染み深い場所でもあるが、そもそも教会の総本山でもある。
そこの護衛団副団長となると、レオンとかいう男はそれなりのエリートということなのだろう。
階級の話にはまったく詳しくないが、キャスにもそのくらいの予想がついた。デントバリー神父が憔悴しているのもわからない話ではない。
「中央教会所属、南東部担当の伝教師のマギー・ヘイズです」
続けてマギーが口を開く。自己紹介は下の者からが常識だったか。
仕方なくキャスもそれにならった。
「同じく、……キャスリーン・ドルフィ、です」
「ダン・ホランドです。ガウェナの教会を担当させていただいています」
厳つい顔の割に穏やかな声で、ガウェナ神父が言った。
「テレンス・ブロックだ。ここの教会を担当している」
デントバリー神父はやはりずいぶんと横柄な態度で応じた。
使いの男は早々に退室したらしく、五人すべての紹介が簡単に済まされた。

「では、僭越ながら私から説明させてもらいます」
再び場を仕切り始めたのは、レオンだった。
「本日午前三時ごろ、こことガウェナを結ぶ関門の警備にあたっていた兵士四人が、何者かによって惨殺されました。これは皆さんもう知っていますね」
場の全員が頷いた。
「犯人はガウェナから訪れ、警備兵全員を殺害したのち、デントバリーに潜入したものと見られます。
 犠牲者がガウェナからデントバリー方向へ順に殺されていることがその理由ですが、ガウェナでも警備を強化して万が一の事態に備えるよう通達済です。
 抵抗の痕跡や凶器の種類などは死体の損傷が激しいため不明。よって犯人は男であるだろう、ということ以外も不明、目的も現在わかっていません――」
「――前置きはいいから本題を早く言いたまえ。これだけのために開かれたのではあるまい」
デントバリー担当、テレンス神父が口を挟んだ。
「その通りです」
更にレオンが主導権を取り返す。
「実は、この事件が起きることは、既に五日前に予言されていました」
予言。
キャスとマギーは、お互い顔を見合わせた。
「キャスとマギー、あなたがたは二週間前、『神の使いを探せ』という予言を受けここに来たんでしたね」
ダン神父の言葉に二人は無言で頷いた。
「今回のものは、二人の使命にも惨殺事件にも関連があるそうなんです。そうですね? レオン副団長」
「ええ。キリル現国王猊下による予言はこうです――」
レオンはポケットを探り、すでにくたびれた紙を開いて読み上げ始めた。






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