『山と荒野に囲まれた南と東の果ての地で、三匹の悪魔が目を覚ます。
 四つの魂は生贄となり、奪われた血を代償に神の礎が失われる。
 戦人と監視者の密会が開かれたのちに、更なる生贄が清い土とともに燃え上がる。
 灰から生まれる第一の神の使いもまた、悪魔とともにこの地に眠り盗まれた声を奪い神の膝に舞い降りる。
 清浄なる者は灰に触れてはならぬ。神の礎にこそ悪魔は潜み、その目覚めを待ち望んでいるだろう』

「――この予言を受け至急デントバリーに向かいましたが、一つは残念ながら起こってしまった。
 そのためあなたがたには、それ以降の予言の阻止に協力してもらいたい。
 つまり、『悪魔』と呼ばれる者、それに敵対すると思われる『神の使い』両者の発見を。
 一応メモを渡しておきますが、軽率に第三者へ見せないようお願いします」
そこで一度言葉を切り、くしゃくしゃになったメモが全員に配られた。
もう一度予言を見直す面々。重い沈黙が流れる。
キャスは意味を考えることなくぼんやりとその紙面を眺めていた。
すでに起きた冒頭以外は何を言っているのかさえわからない。
そもそもキャスは、予言などが的中するかどうかさえ懐疑的だった。起こるかどうかわからないものを考えるのは馬鹿らしい。
「あのー」
おずおずと手をあげたのはマギーだった。
「俺……いや、私たちなんか、役に立たないと思うんですけど」
もっともな意見に、キャスとテレンス神父が深く頷く。
「そんなことはないですよ」と、レオンはメモをしまいつつ否定した。
「もちろん、テレンス神父には主に教会へ通う方たちを調査してもらいますが、それだと教会から外に出る機会はほとんどない。
 そこであなたたちには、それ以外の人たちを今までと同様調べてほしい。特に、街のコミュニティに属さないところに身を寄せているようだし」
「屋根裏?」
「屋根裏」とは、今キャスとマギーが世話になっている施設の通称である。
とは言ってもデントバリーにはそこ以外に難民コミュニティはないため、街の者も「屋根裏」の者も単に施設としか呼んでいない。
とっさに口にしたキャスも、言いながら実感のわかない様子だった。
「そう、そこです。街の人に関しても同じように調査してほしいんですが、まずは「屋根裏」について重点的に」
「……それは、かまいませんけど。具体的に言われないとよくわからないです。
 実際、今までもどうやって神の使いとかいうのを探せばいいのかわからなかったですし……。
 悪魔とか神の使いとか、何を見て判断すればいいんですか?」
マギーがもっともな疑問を口にした。
レオンは頷き、集まった面々を見渡す。
「悪魔は三人います。まずは、兵士四人を殺害した一人。あとの二人については、現時点で手がかりはないと言っていいでしょう」
「なぜです?」
直接は関係のないダン神父が言った。
「今のところ、悪魔は段階を追って一人ずつ目覚めると見ています。
『更なる生贄が清い土とともに燃え上がる』という一節は、おそらく二人目の目覚めについて。
 そして最後の一人は『清浄なる者』の中にいると予測されますが、これも『燃え上がる』後にならなければ目覚めない。
 とするなら、最初の一人を見つけて抑えてしまえば、それ以降の悪魔が目覚めることはない、と予測します。
 だから、『燃え上がる』……死者を伴った火災でも起きない限りは、悪魔二人が現れることはない」
とは言っても、とレオンは肩をすくめた。
「予言の言う悪魔はつまり、兵士四人殺害の犯人でもある。
 そんな危険人物をあなたたちに捕まえろとは言いません。そちらについては軍部が対応します。
 つまりテレンス神父と二人には、引き続き神の使いの方を重点的に当たってもらいます」
会話を聞くともなく聞いていたが、キャスの頭はもはや回転を止めていた。
『悪魔』という単語は比喩表現に過ぎないと理解してはいる。それでも、あまりに現実味をなくした内容についていくのは至難の業だった。
もっともらしく参加している他の四人が、むしろ信じられないほどだ。
彼らは本当に、この予言などというものが間違いなく当たるとでも思っているのだろうか?
「だが、神の使いもまた『燃え上がる』後でなければならんのでは?」
取り残されているキャスに救いの手が伸ばされることはなく、ダン神父は更に追及した。
「確かに、神の使いは『燃え上がっ』た後にその『灰から生まれる』とある。
 ただ、こうもあります。『悪魔とともにこの地に眠る』、そして『盗まれた声を奪う』。
『盗まれた声を奪う』のは『生まれる』前、つまり、二人目・三人目の悪魔とともに目覚める前は『声』は盗まれたままだ……」
しかし、レオンの言葉が耳に入った瞬間、はっとしてキャスは顔を上げた。
そんなはずはないと思いながらも、頭をかすめたある人物。奇妙な高揚が彼の心臓を急がせる。
「それ……」
「神の使いは、聾唖の可能性がある」
続いてマギー、テレンス神父が「あっ」と声をあげた。
三人の反応にレオンが片眉を吊り上げる。
「心当たりがあるんですか?」
テレンス神父は更に一転して顔をしかめ、
「いや、あれは違う。あれのはずがなかろう」
と首を振った。
キャスとマギーが思い描く人物と同じであるなら、彼もまた「屋根裏」に住む大多数の者と同じ印象をその男に抱いているのだろう。
二人はいかにも不快そうに眉をひそめた。
その反応に気付いたか、レオンは軽く首を捻ってテレンス神父に向き直った。
「聾唖の者は多くない。可能性は十分にあると思いますが」
「たとえ条件に叶おうがあいつではない。奴はただの化……異常者だ」
言わせておけば――。
キャスは拳を握り締める。だがそれを振るう暇もなく、
「判断するのはあなたではない。それとも、何ですか? あなたに猊下と同じ資格があるとでも?」
レオンは冷たく言い放った。
暗に脅しをかけられ、ようやくテレンス神父は押し黙った。かわりにレオンを噛み付かんばかりににらみつける。
対するレオンは彼の敵意などどこ吹く風だ。それでは、と間をおかず二人に話しかけてくる。
「その人を連れてきてくれませんか?」
神父の私情には付き合いきれないのだろう。マギーは快諾したが、キャスは答えない。
どいつもこいつもいけ好かない。明確な理由などない。それでも拳は握り締められたままだ。
レオンはそれに気付いているのかいないのか、今までより幾分柔らかい笑みをつくった。
それがまたキャスの癇にさわる。
マギーは沸騰寸前のキャスをちらちら盗み見ていたが、「できるかな……」と声をあげ、わざとらしく顎に手を当てる。
「何か問題が?」
「できるだけ事を荒立てるな、当人にもギリギリまで内密に、ですよね」
それは、今日までマギーたちが受けていた使命にもあった規則だった。
表向きにはあてのない伝教の旅をすること、デントバリーという地で何かがあると悟らせてはいけないこと。
彼らの受けた予言と今回の予言とを照らし合わせると、確かにデントバリーに何かがあり、その何かが起こったことになる。
マギーは自分なりに、この予言に信憑性があるものを感じているようだった。だからこそ質問ができるのだろう。
その問いに、レオンは満足そうに頷いた。
「そうなります。予言そのものが最重要機密なので」
「その人、施設の人なんで、たぶん難しいと思います。ほとんど外に出ないし」
「ならこちらから向かいますよ。事情聴取とでも言って「屋根裏」のメンバー全員に話を聞けばいい。それで判断します。
 ……となると、一応情報をもらっておかないといけないな。その人の名前は?」
「レンツ」
真っ先に答えたのはキャスだった。
「ファーストネーム?」
「レンツ・ヴァイル。男。三十歳ぐらい」
ぶっきらぼうに答える。マギーの方がいくらかまともに答えられるだろうが、なんとなく自分が言わなければ気がすまなかった。
「レンツ・ヴァイル、男性、三十代、難民コミュニティ「屋根裏」所属……と。わかりました。
 軍部でも町民に事情聴取を始めるので、それにあわせて明日の午後うかがうことにします。
 では、二人は彼に変わったことがないかそれとなく観察し、一応他にも候補になりそうな人がいないか確認を。
 テレンス神父も他の候補を探してみてください。
 ダン神父はガウェナに戻り、担当の兵と連携して警戒と調査をお願いします。」
それでは、各自くれぐれも注意して事にあたるように――。
最後にそう締めくくり、会議は終結した。






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