「……私は直接お前を知っているわけではない。しかし六年前から告解が急に増えだしてな。それでお前の噂を聞いた」
古びた、頑強な石造りの教会。外観は白かったが、中に入ると字も読めないのではと思うほど暗く、閉塞的だった。
何年もデントバリーで暮らしてきたが教会に入ったのは初めてだ。それどころか礼拝堂以外の私室に入るなど、これまでの人生で一度もなかった。
質素な部屋で席に座り、私はテレンス・ブロックと名乗る神父の話に目を向けていた。
両脇にはキャスとマギー。ルイスは部屋の壁に寄りかかって立っている。サンディオは「ちょっとキャンプに戻る」と言い、出て行った。
「彼らはお前の目を恐れていた。盗み、暴行、いじめ、些細な嫌がらせまでも、なぜ告解に訪れるのか聞いたことがある。
 そうすると誰もが口を揃えて言った。「あの目が恐ろしい。私の罪をすべて、何もかもを見られている気がしてならない」とな」
ブロック神父が、今まで知らなかった私自身の評価を語っている。
不愉快ではないと言えば嘘になる。しかし、私はなんとしても知りたかった。
普通に生きているだけなのに、どうしてここまで恨まれなければならないのか。私の何が、彼らを不快にさせるのか。
あまりに突然すぎる凶行。だが、異常者でもない限り人はたやすく武器を持ったりはしない。何の根拠もなく他人を追い詰めたりはしない。
私の知らないところでずっとそういったものが蓄積されてきたというのなら、その正体を知りたかった。
片鱗こそ身をもって体験した。だが、他人から得た情報という確信がほしい。
……だが、話を聞けば聞くほど現実感がなくなっていくのがわかる。
さっき体験したとはいえ、今の私はそういったものを何一つ覚えていない。それに、覚えていたとしても確実に言えることがある。
私は彼が言うように思ったことなど、一度もないはずだった。
時折街まで降り、グエンやドナの他愛ない話に耳を傾けながら買い物に付き合った、ただそれだけだ。それ以外に街へ降りることなどなかった。
偽りなどない。そもそも私は、デントバリーに来た時には既に人の目を見ずに生きてきたのだから。
そんな私の戸惑いなど知るはずもなく、神父は話を続ける。机の上で拳を握り、重々しい表情で語り続ける。

「最初こそ彼らは己の罪深さを恥じ、つつましく生きようと努めていたよ。かりそめの改心であろうと喜ばしいことだと、私はそう思った。
 しかし長くは続かなかった。ある日、街の者がまた口を揃えて訴え始めたのだ」
――夜になると、見えるはずがないのに、あの男が丘の上から私たちを監視している視線を感じる。
――最初は私も気に病んでいるだけだと思っていた。だけど、皆が同じ視線を受けるなんてありえない。街の誰もがあの男に見られていると確かに感じている。
――神父様。私たちは、息をすることも恐いのです。何をするにしても、あの視線が付きまとって、気が狂いそうです。
「……それで、彼らは施設の者と接触を図ってみたらしい。すると本当に、お前が毎夜屋上で街を監視しているということがわかった。
 視力という特性を生かし、不審者や事故などがないか見ているのだという説明も――もはや彼らの耳には入らなかった」
――あの男は、本当に私たちを毎晩監視していたんだ。私たちの私生活の何もかもを見通していたんだ。
「そんなことのできる人間など、いるはずがないだろう? 私はそうやって彼らを諭した。
 壁も何もかもを通り抜けて街の者全てを見るなんて物語の化け物ではあるまいし、……まさか私の言ったことが逆効果になるとは、思ってもいなかった」
――そうだ。人間にそんなことができるはずがない。
――ならばあの男はなんだ? 現に私たちの全てを見ているじゃないか。毎晩毎晩、あの視線を皆も感じているじゃないか。
――化け物。奴は、化け物なんだ。私たちを狂わせて殺す、化け物なんだ。
「その頃から施設の者たちもちらほらと見かけるようになった。聞けば、お前は子どもの頃にもいろいろと問題を起こしたそうだな。
 街の者と積極的に交流を図ろうとした彼らは皆、お前のその力を経験し、恐怖する者だと言っていた」

(餓えて餓えて死にそうな時、目の前で美味しそうな食事を見せびらかされたら誰だって食べてしまうじゃないか)
(私がやっていることなんて些細なこと。誰だってやっているわ。なのにあんたはまるで私を極悪人みたいな目で見るのね)
(トイレに行くのも怖い。汚い仕事をしている自分が恥ずかしくなってくる。生きる気力が根こそぎ奪われてしまいそうだ)
(見ていないなんて嘘だ。あいつは何もかもを見ている。見られている、見られている、何もかも、ああ、もう、嫌だ。嫌だ。遠いところへ行きたい)
(どこに行ってもつきまとってくる。逃げられない。死ぬまで俺は見られ続けるんだ。化け物……化け物め。どうして俺が死ななければならないんだ)

「ここの街の者は皆、過度に警戒心が強い。それは知っているだろう?」
ぼんやりと過去の記憶を取り戻しながら、私は神父の話を聞いていた。
過去の記憶、といってもひどく現実味がない。それはそうだ、私は記憶を失う前に、すでにそれを奥底へ葬り去っていたようなのだから。
神父の言葉に三人が皆頷いてみせた。
外からやって来た彼らは、きっとこの街の者や私以上にその違和感に気付いていたのだろう。
――だからキャスは、あの日屋上へ来たのか。ルイスだって「おかしいですよね」と言っていたのか。
「彼らはお前の視線に追われているという強い妄想に囚われ、人を強く疑うようになってしまったのだ。
 自分の知る者以外は信用せず、また自分以外の誰をも心から気を許すことはない。お前に見られているという妄想は、いつしか皆が自分の敵だというものにすりかわった。
 もちろんお前への嫌悪、恐怖心は殊更に強く根付いている。街へ降りてくるたびに、皆は恐怖に震え上がっていたよ」
訥々と語られる言葉。しかし、それだけ言葉を並べられても、私にはどうしても実感がわかなかった。
私は何も見てはいないのだ。子どもの頃――そう、あの頃は、うっかり何かを見てしまったことが何度かあった。
だがそれで終わりだ。私は大人たちの言いつけ通り、何もかもを忘れ、何も見ないように努めてきたのだ。
今だってあの時に何かを見た、ということを思い出しただけで、何を見たかなんてすっかり忘れている。そうさせている。
なのにどうしてこんなことを言われなければならない? なぜ、なぜ皆が私を奇異な目で見る?

私は書いた。ひどく手が震えていた。……恐怖に震え上がっているのは私の方だ。
あなたたちは、街や施設の者が言うのと同じ印象を受けたのか。
また、グエンやアリアナといった私の数少ない、友人たち、彼らはなぜ私といても平気だったのかと。
私が書き連ねているのを彼らは黙って眺めていた。
紙片を渡すと、まずはキャスが口を開く。
「……正直、なかったとは言えねえよ。ずっとついてくるとかは思わなかったけど、最初の頃はあんたに見られると落ち着かなかった」
そう、彼は実際に屋上で似たようなことを言っていたのだ。あれは彼だけが持つ変わった印象などではなく、極めて一般的な印象だったというのか。
だが、マギーとルイスは首を振った。
「今の話聞いててもわけわかんねえ。そんなことできる奴なんているわけないじゃん」
あっけらかんとマギーが言う。ルイスもまた、
「不思議な雰囲気の人だなとは思いましたけど、そういった印象を受けたことはありませんよ。僕も不思議です」
意見が割れ余計に混乱した。街の彼らが受けたという私への視線、それは今ここで言うならばむしろ少数ではないか。
私の疑念が顔に出たのだろう、神父はそれでも重々しく否定した。
「お前と親しいという彼らにも言えることだが、人というものは決して強い者ばかりではない。
 皆人には言えないささやかな特異性を持っているものだ。やましいものを抱えているものだ。そういった者にとって、お前の視線は特に脅威なのだろう」
グエンたちや、この場にいるルイスとマギーは強い人間ということだろうか。
だがアリアナなどは強いというより、どちらかといえば繊細な心の持ち主だろう。
「人の気持ちを慮る者が必ずしも弱いとは限らない。それに、……言いにくいが、彼らもまた、お前への恐れを密かに抱いていたという可能性もある」
――ごめんね。助けられなくて。信じてあげられなくて。
神父の問いかけに、アリアナが夢中で呟いていた言葉を思い出す。
それよりもっと前、食堂で、様子のおかしかった私を見て涙を流した姿を、
玄関先で偶然会った時のあの怯えた表情を――思い出す。
あの言葉は、反応は、そういう意味だったのだろうか?
私は何も言い返すことができなかった。






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